「放射線技師になるための4年間って、どれくらい忙しいの?」
そんな疑問を持つ高校生や1年生に向けて、私のリアルな体験談をまとめました。 遊びも、勉強も、資格取得も全力だった私の「診療放射線技師への道」を時系列で紹介します。
【1年生】”人脈”が最大の攻略法!遊びも勉強も「横・縦の繋がり」が鍵
- 内容
入学してすぐは、専門科目などはなく”チーム医療の大切さ”や”道徳”、基礎科目(英語・数学・物理・生物)がメインでした。基礎科目は、高校勉強に毛が生えた程度。テスト前に普通に勉強すれば、再試にはまずならないような試験でした。病院見学や、実際に就職した先輩方の講義を聞き、自分が就職した姿をイメージする期間でもありました。
サークルや、同じ学科の友達とよく遊んだ1年間だったなと思います。大学時代を無事に卒業し就職までできたのは、そこで知り合えた先輩や、同じ志をもつ仲間のおかげだと思っています。
先輩方には、就職の話から学校の授業、国家試験の勉強なども見てもらいました。 - 実態: 後半から実習が始まり、毎週のレポート提出に追われる日々。1年次から留年者が続出しました。知り合ったばかりの友達も何人かは留年していきました…しかし、バイトをする余裕などはありました。週3~4は入っていたと思います。
- ここがポイント:
- 1年目はあえて「遊び」をメインに!サークルや学科で友人(横)だけでなく、先輩(縦)との繋がりを作る。
- 先輩から「テストの傾向」「先生の特徴」「就活の噂」を聞ける環境が、後の留年回避に直結しました。
【2年生】専門科目が本格化。必修1つで留年の「崖っぷち」生活
- 内容: より専門的な実習と座学が追加され、レポートやテストが地獄と化しました。仲の良い友達が賢かったのもあり、お互いに高め合いながら、ほとんど一緒に勉強していました。お酒も飲めるようになり、飲み会が増えました。就職に”第一種放射線取扱主任者”が有利ときき、診療放射線技師国家試験と並行で、少しずつ意識し始め勉強を積み重ねました。
クラスメイトが留年していく中で、診療放射線技師国家試験対策として、はやめに”マイテキ”、”完テキ”という参考書に出会えたことが功を奏したと考えています。3年、4年次にはみんながもっている参考書です。
↓2冊で1つみたいなものなので、買うならまとめて買ったほうが絶対いいです。
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- 実態: バイトをする余裕はあるが、「必修を1つ落としたら留年」というプレッシャーが強い。
- ここがポイント:
- 周りも必死になり始め、試験前は阿鼻叫喚。
- 私はこの時期の後半から「第1種放射線取扱主任者」を意識し始めました
【3年生】クラスの2割が留年!?資格試験と実習のダブルパンチ
- 内容: 臨床に近い実習と、高度な専門科目の連続でした。レポートも夜日付が回るくらいまで、友達としていた記憶があります。週に何回も数万字単位のレポートの提出がありました。
- 実態: バイトは徐々にセーブ(週2~3)。気づけばクラスの約2割が消えていた(留年)という衝撃の現実。3年生中盤から真剣に勉強を始めて、先輩方に就活や勉強を聞き、3年次後半には国家試験合格水準まで届いていました。第一種放射線取扱主任者も3年次前の春休みから爆速で過去問や参考書を周回しました。使用した参考書のリンクを下記に示しておきます。
私が第一種放射線取扱主任者試験で使用した参考書
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- ここがポイント:
- 3年夏の「1種主任者」合格: 過去問を徹底的に解き、夏休みを返上して合格を勝ち取った。
- 国試の勉強も少しずつ並行。この時期の積み重ねが4年目を楽にします。
- 4年次前の春休みには、小論文試験対策や面接対策を行いました。(使用した教材はまた別の記事で紹介します。)
- ※詳細は「1種主任者最速合格体験記」として別記事で紹介しています。下の記事をご覧ください。
【4年生】就活・卒論・国試。地獄のスケジュールを乗り切るコツ
- 内容: 就職活動、卒業論文、臨床実習、そして国家試験がありました。就活も早い段階で決まりましたが、3人募集で27人も来ていました(倍率9倍!)。春休みの”就活対策”が役に立ったと感じています。診療放射線技師の就活は県によって時期が全然違いました。関東はおそく、東海は早め、関西が10月らへんでした。国家試験は2月終わりごろなので、年明けからは猛勉強していました。
- 実態: 就活が終わるまでは精神的に一番キツイ時期。終わった瞬間に「国試モード」へ切り替え。(卒論・卒試もしっかり終わらせます)
- ここがポイント:
- 週1〜2のバイトが良い息抜きに。
- 就職活動についても、後日別記事で詳しく解説します!
- 第一種放射線取扱主任者が就職試験で使えたかもまた記事にします!
【まとめ】大変だったけど、これ以上ない充実したキャンパスライフ
4年間を振り返ると、確かにレポートや試験は地獄でした。しかし、同じ目標に向かって切磋琢磨した仲間や、早くから挑戦した「第一種放射線取扱主任者」の合格は、今の私の大きな財産です。


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